スタッフのひとりからメールをいただきました。
アインソフの想い本来の自分に戻るを彼女なりにシェアしてくれてとても嬉しかったのでご紹介します。
「今日、お客様からサービスの素晴らしさにお褒めのお言葉をいただきました。
そのお客様は、以前からアインソフに来たくて何度も試みたようですが、いつも貸切で、今日念願の初来店だったそうです。
お友達とお二人でご来店されました。
入ってすぐに感動されていました。
メニューのご説明、ブランケットの提供、お水の提供、すべてを言葉にしてお伝えしたら、
こんなサービスをしてもらったのは初めて!
と感動されていました。
その後も、ドリンクサーブ、お料理、すべてに感動されていました。
お会計後に、アインソフのコンセプト、ゆきさんの思いをお話しし、ゆきさんの思いにとっても感動され、満面の笑顔でお帰りになりました。
なぜ、こんなにも感動していただけたのか?
それは、先日からみんなの思いが一つになったから、その結果だと思います。
いつもみんながきれいにお掃除している空間、
えみさんが丁寧にセットしてくれたシルバーセット
ともこさんがピカピカに磨きあげたお皿やグラス
山口さんときよみさんが作ったお料理
今日いなかったみんなの愛情も含めて、
そのすべての愛情からの行動が、お客様に届き、感動していただけたのですね。
今日は私もその感動を見ていて、感動しちゃいました。
お客様に最高に感動してもらうために。
グラスをピカピカに磨き上げること、美味しいお料理を提供すること、ブランケットをきれいにたたむこと、お掃除をもれなくすること、
すべては、お客様に感動していただきたい!
溢れ出る愛情を届けるため。
その愛情に、お客様は、感動するのですよね。
今出る1人1人からのアイデアは、この愛情を表現するための手段。
だから、思ったこと、感じたことはどんどんみんなで出し合いましょうね。
(私が1番やっていなかったので、出し惜しみせずに出しちゃいます!)
アインソフとは関係ないと思っているプライベートな時間でも、自分に正直に。
やりたいことをやる!
嫌なことは嫌だって、素直に伝える。
そうすると、もっとやりたいことに気がつく。
本来の自分に戻る場所
アインソフ
それを届けるみんながまず
本来の自分に戻ること
そうすれば、必ずお客様に届きます。
ということは、売り上げが上がり、無駄がなくなり、利益になります。
本来の自分に戻るとは
自分に正直に生きること
自分の気持ちに正直になること
もし、素直な気持ちがネガティブだとしても
それにフタをせずに、認めてあげること
それが自分を愛している、
っていう状態
これが、
ご自身を愛し、満たしてください。
という
アインソフのコンセプトの説明文の私の解釈です。
自分を愛するって?
それはすべてを認めてあげること。
どんな自分も。
なんだかとっても長くなってしまいました。
まとまりのない文でごめんなさい。
とにかく伝えたくなってしまいました。
まだまだ溢れてきますが、また今度にします。
最後まで読んでいただきありがとうございました。」
2011.12.12
アインソフのマクロビコースは宇宙をテーマにしています。
メインディッシュは私たちの住んでいる宇宙をイメージしています。
銀河って外から見ると真ん中が膨らんでて外に向かって薄くなっていきます。
渦みたいに。
パテのみじん切りした具材ひとつひとつが私たちの宇宙を形作る惑星。
上にのっているゴボウの薄揚げは天の川。
根菜のスープに込める想いは、
英語で根菜はルートベジタブル。
ルートチャクラで知られるように、
このスープを飲んだら心もお腹も落ち着いて
グランディングする作用があります。
星座のデリもお皿からして、きらめいててステキだし、
3種のデリでうたっているトリニティは。
父と子と精霊の3を意味してる神性な数。
アインソフは「本来の自分に戻るという」とコンセプトにはうたっていますが、
もともとアインソフとはヘブライで無限、限りない、私たちの根源という意味。
「無限」であるものとは「宇宙」で、私たちの故郷であり、私たちは宇宙を形作る一部。
この人間の肉体でなくなったとしても、形を変えていつも私たちはこの宇宙の一部で、
私たちの意識は有り続けてエネルギーとしてこの世界を形成します。
私たちの意識というエネルギーが愛と呼ばれるものだとすると、やっぱり、私たちは形を変えて宇宙を作っている訳です。
この世界はすべて愛で出来ているということを実証するかのように。
私たちアインソフはお食事をご提供していますが、どんなものも愛で出来ているとしたら、
愛の意識を感じてもらうということが、このレストランに入ってもらって楽しんでもらう一番のおもてなしだと思うのです。
私たちは肉体を持っていますから、食事はやっぱりするんですが、このアインソフの全体から流れ出るものを楽しみに来てもらいたい。どんな愛を表現するか。私たちの愛がどんなものなのか。
それをこのお食事で表現できたらといつも思っています。
どんな愛であってもこうあるべきと言うものはなく、
ありのままでいいと言うことではあると思いますが、
例えば、神さまが私たち肉体を持った人間に残してくれた最高のプレゼントとして
特定の相手に止めることなど出来ないくらいの愛を流し込む時、
わたしたちは本来の愛の能力の一部を発揮してるそうです。
本当は360度、すべてにその愛を太陽のように発揮するのが私たちの本来の姿。
でも、肉体をもってこの世界に生まれたが為に制限があります。
だから特定の相手にだけ特別の愛をそそげるんですって。
私たちは本来どんな相手にも感謝して愛を最大の力を持ってそそぐことが出来るそうです。
コース料理とは私たちのレストランとしては提供する商品の最高値のものだと思いますから、
この本来の私たちが持っている最高値の愛を注ぎ込んだものでありたい
と いつもいつも思っています。
アインソフ オーナー
株式会社 真 (しん)代表取締役 白井由紀
2011.11.1
繰り返し繰り返しくる、私が愛した人には愛してもらえないと言う情けない想いが、もう、来ないと思える日が来ているのに、輪が閉じたことを見ているのに、まだ、愛することが恐い。身震いする。また、わたしは傷つくんじゃないか。見返りを求めているのか。どんな人を愛しても、知らない国の知らない人でも、死んでしまった人でも、別れた人でも、動物でも、道ばたの草花でさえも、愛をそそぐことで、わたしは多くの見返りを、力強く感じて来た。これでもかというくらい、見せてもらってきた。愛すれば愛するほど、そのそそぐ愛が大きければ大きいほど、その何倍にもなって帰ってきている。それなのに、ここまで来ても、まだ、わたしは過去にとらわれる。過去にも未来にも生きなくていいんだと、身にしみて実感しているのに、与えることが恐いんだ。惜しみなく与えていいはずなのに、与えないことが自分を守ることではないと知っているのに。勇気を持って尽くし捧げることは、まったく信じられないほどに自分にかえってくる。他者に与えれば与えるほど、奉仕すれば奉仕するほど、その力はわたくし自身に積み重なり、いつの間にか自分の内に大きな宇宙を創造している。生命は愛するものに近づくという原則を誰もそれることはできない。イエスを自分の身に入れたいと思うほど、狂おしいほど愛することは、愛すれば愛するほど遠のくということはない。愛したものや人や想いは、自己の中に芽吹く。過去を振り返って、わたしはなんと奇跡的に愛した人の要素でできている。狂おしいほど愛した人の、その憧れた部分や要素で、今のわたしは構成されている。愛することを恐れてはいけない。自分のエゴを押し付ける愛でなく、空気のように愛するものを取り囲み、その人やものに愛をそそぐことは、わたしたちの中に巨大な光を見せる。それがほんとうのわたしたちの姿なのだから。2011.6.11
わたしたちain soph.が目指すweddingは、
これからの新しい生き方を提案するものなのです。
ain soph.は菜食をはじめ瞑想やマッサージや学び、行動によって
わたしたちの意識が拡大し、自己を愛し満たすことで
この世界に貢献していこうという生き方をご提案する場であり、集合意識です。
わたしたちの結婚式は、そのような生き方をパートナーと共に選ぶ、
宣誓のような結婚です。
このような生き方を見た、後続の若い世代や意識が変わった方たちが
この姿を見て、その生き方を選んでいく。
このような意識が広まることが、この世界の進化を促進させるものと信じます。
カフェアインソフではお肉、お魚、乳製品、卵、白砂糖を
使っていないお料理をお出ししています。
食事は単なる空腹を満たすだけの行為ではなく、
祈りに近い行為なのではないかなと私は思っています。
大地と自然が育み、人の手で愛を込めてお世話をし、感謝を捧げて収穫をし、
愛する人に美味しいお料理を作ってあげたいという気持ちで作る。。。
この一連のこと全てに愛が込められています。
愛を込めて作ったお料理には、目には見えなくてもちゃんと愛の波動が入っていて
それを食べてくれた方にもちゃんと愛は伝わると思いますし、
込められた愛がその方を幸せな気持ちにしてくれると私は信じています。
自分や大切な人を大事にしたい時、
どんな食事を選択するでしょうか?
食だけに限らず他のものについても、
自然と選ぶものが変わってくるのではないでしょうか。
ひとつひとつ全てに意識を向けることが神々を喜ばせる祈りでもあると思うのです。
わたしたちは、色んなことを自らの意志で選択できるという幸せに恵まれています。
それならば、より愛に溢れたものを選ぶことによって
普段の生活が自然と自分を愛することに繋がり、
大切な人をより大きな愛で包んであげることができる選択をすることは
みんながより幸福になれる素敵な事だと思いませんか?
愛に基づいたライフスタイルの1つとして、菜食があり、
ひとりひとりが例え週に一度でも菜食を選択するだけでも
目には見えなくても愛は必ず顕現しています。
菜食とは全ての命をたたえる食事のこと、
そして祈りとは全ての命をたたえるということなのかなと思います。
新たな「新月祈りの会」によせて 2011.12
私たちの生きる使命が愛を拡大させることだとしたら、私たちの間にこのような密やかな、あたたかい愛が生まれたことは、それ自体が尊くて、すてきなことだと思うのよ。とにかく私はあなたのこの愛を体と意識の隅々まで感じて、味わい、この愛を感じられたことに心から感謝します。そして行動によってこの愛への感謝を表します。あなたが寂しいとき私はあなたに意識をそわせ側にいます。あなたの喜びのとき私はあなたの側で一緒に喜びを感じます。この喜びを与えてくれたあなたに神性な愛とぬくもりを捧げつづけることになるでしょう。これまでもそうであったように、これからもこの愛の存在は消えることがなく、どの時代であっても、現れたり、消え入りそうなほど小さくなったとしても、その欲求は消えることなく、発生した愛のエネルギーは拡大していくことを心から祈ります。2011.2.16
昨夜は少し早く仕事が終わったので、いつもの帰り道をそのまま帰る気にならなくて、そのまま銀座じゅうを自転車で走りました。
このところの瞑想のお陰でわたしの心は満たされていましたから、胸から濃霧のような愛がそこら中に出てしまっているようで、はずかしいし、熱いしで、自転車で風を受けて走るのがとても気持ちが良かったのです。ここまで来るのに本当に長い時間がかかったなあと思い返しました。あの人と出会ってから15年がたって、その間、何度となく、霊的成長を見たのだけど、こんなところまで来れるとは思わなかったなあと、天の導きに感謝しました。そうだ!と川辺の方まで走らせてみよう。夜中の銀座は自転車にライトを付けてないと警察にすぐにつかまって職務質問を受けてしまうので、隅田川の方に行こうとすると、都会の町並みもそれなりに美しいなと思いました。先日の瞑想がとても良かったので、長いこと険悪な状態になっているain soph.を作るのを手伝ってくれた芸術家の子らとも仲直りが出来そうだし、瞑想中に目の病気を持った彼からどれくらいぶりか分からないくらい久しぶりのメールが瞑想中に来ていて、いつも何も語ってくれないあの人が、私に感謝していたし、こんなに心が軽いのは久しぶり、私は、今、誰かひとりを愛してるというより、どんな人も愛してるな。そこらじゅう愛だらけだな、すごいな、と思って空を見上げると鈴木その子さんの青白い顔の大きな看板があって、ああ、この方も愛する息子さんを亡くされて他者に愛を向けて偉業をなしたんだなあ、すごいな、待てよ、私はあの人の視力を失うことが恐ろしくていたけど、死んでしまうわけじゃないじゃないか。私はもう他に愛する人をみつけてもいいのかな、大丈夫かもしれないな。でも、待てよ、今回のメールではまだ視力があるみたいだったけど、とうとう見えなくなりましたとなった時、私はこの状態を保っていられるだろうか?そこには昔あったあの恐ろしい闇があって、また、引き戻されてしまうんじゃないか?と思ったら恐ろしくなって、鳥肌が立って、頭の先までびりびりした。隅田川の土手に上がるのにぐんぐん自転車をこいで行くと目の前にビルの明かりと川の流れと緑が幻想的な空間を創っていて、ああ、なんて美しいと思ったら、急に、「わたしが恐ろしがり狂うほどにあの人の病を怖がっているから、彼は前に進めないんだ!だから、繰り返し繰り返しあの人は傷を持って生まれて来てしまう。わたしがそうさせていたんだ!わたしとあの人はリンクしていて共鳴してるのに、私があの人を苦しみに引き寄せてたんだ。私があの人のことを思って泣けば泣くほどあの人は直らない。世界は繋がってるのを知っていたのに、わたしはそんなことも気がつかなかった。」と思ったら涙が出て涙が出て、あの人の名まえを何度も何度も呼んで大声で土手で泣きました。そうしたら、私のことを大きな愛のエネルギーが包んでくれて、急に温かくなって、分かったんです。あーこの世の中はみんな愛で出来てる。あの看板も、この道も、あの窓の明かりも、自動販売機も、木も草も、わたしの息子のかわいい頬も、私が大切に育ててる江戸や荘のドミトリーの子達も、玉のようだ。すべて善意と愛で出来てるって。こんな美しい世に生まれて、わたしは見守られてる。わたしが息子の成長を心から願うように、心から愛しいと思うように、わたしも天に成長することを望まれて、かわいいと思われて、それで今生きてるんだなあと思ったら涙が止まらなくて、嬉しくて、先生とはじめてお会いしたときのように泣いて、先生に早く話さなきゃと,でも、あんまり泣いてると、やっぱり、ここでも警察に捕まっちゃうので自転車に乗って泣きながら帰りました。先生、ありがとう、ありがとう。
